彼の身体は馬を思わせる身体だった。
欧州人らしいと言えばいいのか、胴が短く足が長い。ランナーズ体型だった。骨の周りにしかと抱きつくように必要なだけの筋肉がある足。体毛は濃いのだがそれは巻毛で柔い。髪と比べると濃い茶に覆われたそれはより一層動物を思わせた。美しく細くて若い獣といったやうな。呼吸もよく見えるし体温は高く、かわいかった。
私は彼を手放してしまった。なんたる言い草と思われるようだが他に適した表現は無かった。手放すことばかり考えていて、結果あの身体で独りあの薄暗い街にいた彼は耐えきれなくなってしまった。私は決してそれを待っていたわけではなかった。だが安堵した。深く安堵し、束の間の寂しさと哀しさに見舞われた後はただ怠けた。何を理由にすることなく怠けたのだった。
恋しく思うのはセックスばかりでそれをみっともないと恥じるべきなのか歳を食ったなと笑うべきなのか迷う。彼との行為は楽しかった。大胆なことを言う癖に私が躊躇するとその姿にすぐ狼狽する姿が滑稽だった。しかし間抜けな姿に優しさを見ては安心していた。彼にあらゆる姿を見られることに抵抗は無かった。羞恥心を捨ててセックスは良くなるのだろう。
ああまだ手放したく無かったと言う気持ちと、家族や将来を考えていた彼が甦り別れるほかなかったのだと言う気持ちが交差する。

年貢を未だ納められない三十路の男の愚痴のようだろう。私もそう思う。いや、実際そうなのだ。女と言うだけで。君が好きでも君と家庭を築くことは想像できないし君の家庭に収まる自分は到底想像つかない。その距離を彼はずっと見ていたのだ。苦しいのは今の生活じゃない君との距離それだけだと別れる直前に言われた。お互い分かっていた。

互いに恋しくて会いたくても会わない方がいいことがあると初めて知った。これぞ30になる年の女か。
あとは異国へ戻ったあと彼に連絡する事を我慢することのみである。先週知り合ったフランス人には問題なく戻れるだろうと断言された。そんなものだろうか。戻って私たちはどこへ行くのだろう。私はただ異国にいる間あの獣と一緒に寝ていたかった。彼の温度に安心した。それが平行線で続き存在することを願っていたのだ。それは残酷なんだ。都合が良い、いつかあそこを去るだろうお前だから願う薄情な願いを、相手を思うなら捨てる事、捨てる事。