その眼鏡

七時から仕事だと言うので寝過ごすようなことをさせてはいけないとこちらは気を張っているのにアラームを幾度も消しては二度寝を繰り返す。三度寝。四度寝。

ついに始業時間10分前となりベッドから出ていく。
そこでようやく私は息がつけた。
深い眠りへと誘われ、ぐっすりと布団の中にくるまっていたら起こされる。
私が平穏に寝付けたのは一時間だった。仕事のきりが良かったのか気付いた時には相手の体重が上にある。
布団を剥がし私の身体を触るなりうひゃあ、と声を上げた。えらく温かいなと笑いまだ半分以上寝ている私の体に唇を幾度も当てる。
気持ちが良い。こんな起こされ方なら悪くないと目を瞑ったまま言えばまた笑い声がする。
顔を撫でてくれるのでその心地良さに幸福を感じていたら明らかに彼の手ではないものが顔に当たる。目を開ければ見たことのない眼鏡を私に着けさせようとしている。後から聞けば仕事用らしい。
太い黒縁の大きな眼鏡を気付いたら付けさせられていた。
私はいかんせん目が開かない。なんとか薄目を開き彼を見れば笑みをたたえただこちらを見つめている。満足気だ。
視力良いのかと思っていたわ、と言ったらまたくるくるとよく回る頭に多く詰め込まれた言葉で小気味の良い返事が来た。
眼鏡を私の顔から外した。仕事に戻るのだと察する。その一連の彼の行動に暖かい好意を感じていたので出ていく間際のキスを大事に返した。顔に手を添えて、頬を撫で、目を薄く開き微笑んだ。あちらも微笑んだ。
まだ寝ていたかった。しかし出なくては行けない時間があったから助かった。その眼鏡は後ほど起き上がりパソコンの前でぬいぐるみのようにもこもことしたバスローブを羽織り仕事をする彼が着けている様子を見たらよく似合っていた。私は好きだと思った。